2011年12月19日

【代表主侍医のつぶやき】2011/12

主侍医倶楽部21年間を振り返って(本年7月より広報部長としても活動を開始し、そのご挨拶も兼ねて)  

複雑化していく医療において、患者側にとっては「より良質の医療を受けるため」、医療提供者側にとっては「より良い医療提供のための技術や知識やネットワークの向上のため」必要なものは何か?

1984年、医学事務所を設立して27年間、「医療のシステム作りを通じて貢献する」を胸に秘めながら活動してきました。初期の頃は、医師向けワープロソフトや電子カルテや専門医の遠隔相互コンサルシステムなどの開発試作を皮切りに、理想的病院「夢病院」の企画立案なども行なっていました。27年前ですから、携帯電話もインターネットもなく、ワープロもようやく生まれかけた頃です。「いがく」とキーボードで打って「医学」となれば大声で喝采を挙げていた頃です。

その頃、夢物語や将来の懸案として話していた「電子カルテ」や「シェア型の検査センター」や「会員制の医療サービス」「リゾート型人間ドック」「インフォームドチョイスの普及による新たな悩み」「保険制度の行き詰まり」「医療裁判の増加」「医局制度の崩壊」「医師のマインド低下」など良いことも良くないことも、今では普通の話になっています。

こういったハイテクの医療システムを研究しているうちに、国民が医療に納得安心するためには、最先端の医療技術の開発が必須なのではなく、医療へのアクセスシステムとインターフェイスシステムの整備が不可欠であるという仮説に確信を持つようになりました。そこで、「日本で医療に不安も不満も持っていない貴重な人は、天皇や皇族の人々ではないだろうか」ということに気がつきました。侍医を担当している仲間や先輩から、「我々の世界ではセカンドオピニオンなどは侍医の間で行なうから陛下たちは安心してアドバイスを受け入れてくれる。ドクターショッピングなどあり得ない世界なのです」というお話をお聞きし、たいへん羨ましく思いました。「皇族の侍医システムこそ理想的な医療の基本的仕組み」だと考えました。侍医システムは、どのように医学や医療技術が発達しようが、仕組みが変わろうが対処できます。なぜなら指揮者や管制官のようなプライベイトドクターがクライアントに代わりその時の医療事情に精通して親身にアドバイスや必要な専門医のコーディネイトと質の高い判断のサポートをしてくれるのですから特上の安心が得られます。

でもこんなことは専門家ならずとも、一般人にも分かります。が、どのようにして実現するかが問題なのです。最初は「赤ひげクラブ」と称して、友人を集めて全くの無料で活動を開始しました。時々、皆で信頼できるドクターの健診を受けるといった程度から始めました。そんな活動を続けているうちに、友人の中から、もう少しプロとして活動をしてみてはどうかとの声があがり始めました。トータルの必要費用をシェアする100名が集まり「100歳まで生きよう」をスローガンに「ハンドレッド倶楽部」と名付けて開設準備を行ないました。

実際1990年にスタートする時は、「(顧問医)主侍医倶楽部」となりました。最初の頃は、私と相談するためのアクセス権のための契約で、現在のように保険診療も可能なクリニックは併設されていませんでした。いざとなった時の相談のための顧問医契約というだけで当時の顧問弁護士の基本契約と同等の一人当たり月額5万円を負担して頂きました。相談のためのアクセス権のために契約して頂き、未だに契約を続けてくれている方には感謝感激です。最近まで営業広報活動は皆無ですから、口コミだけです。しかし、これほど口コミの難しい商品はないということが後々明らかになっていきます。

私個人としては、主侍医活動とともに様々な医療の仕組み作りの開発研究活動と慶應大学での教育研究活動も並行して行なっていました。いずれの活動も自分自身の生活費に充当できるような報酬を得られない活動ですから、生活のためには他の病院での診療活動も続けなければなりません。

まさに若さとバイタリティーに頼りながらの生活でした。個人的な繋がりから、契約メンバー数も30名を超えてきました。特別な契約で応援してくれる方もいらっしゃり、なんとか事務局も維持できる状態でしたが、もうひとつの誤算は、私の活動を応援してくれている方々は経済的にも余裕があり、目下ご健康に大きな問題はなく、数十名ではそんなに忙しくないだろうと勝手に想像していたことです。ところが1名の会員の方々の周囲にはたくさんの人々がいますし、面倒見の良い方々だからこそ契約をしてくれています。ご本人以外の方の相談が予想外に多いことに気付きました。最初の10年間はなんとか時間の許す限り私自身がボランティアとして対応させて頂きました。ここが他のサービス契約と違って「お断りできないし、またお断りすべきでない」というのが医療の分野です。そして貴重な契約者の方からのお願いですから、相談はすべて無料で行なっていました。

 2000年、事務所を小石川から現飯田橋に移したおりに、事務所の主な事業として「主侍医倶楽部」の運営に本格的に取り組もうと考えるようになりました。おりしも、契約の会員の方々からもいろいろな要望とそれに伴う費用の負担もお申し出いただくようになりました。

まず、話題になったのは、契約者本人だけでなく、家族や社員や友人などの相談を遠慮なく行なえる仕組みを作って欲しいとのことでした。これは簡単そうで意外と難しいことでした。契約会員のかたの状況が実に様々だからです。紆余曲折しましたが(正確には今もその最中ですが)、登録ゲストと紹介ゲストというシステムを作り周囲の方のご相談も余裕がある限り(有料ですが)正式に対応出来るようにしました。

もうひとつの問題点は「24時間の連絡体制」です。私一人が主侍医を勤めていましたから、そんなことは無理であることは自明です。契約上も連絡は9時から5時の事務所がオープン時とさせていただいています。しかし、初期の頃の事務局はたいてい夜中の12時頃まで誰かがいましたし、途中からは携帯電話が普及し、なんとか私と連絡が取れて問題は発生していませんでした。今から思えば、この21年間、飛行機に乗るなどで十数時間連絡が取れないのが最大で、まる2日間以上事務所と私の間で連絡が取れないということはありませんでした。(新しい「夜間・休日ドクターホッとライン」稼働中の現在も同様ですが、これは私の性格の問題でもあります)しかし、このような個人的な努力にのみ頼る仕組みは、上手くいっている間はしっかりとして安心感がありますが、継続性に限界があり、もろくもあります。そして、事務所オープン時以外は契約外だといっても、やはり24時間医師と電話が通じる仕組みは実現したいとかねてから考えていました。

8年前、特別会員として応援いただいている方から、「僕が応援するから、24時間医師と連絡取れるシステムを作ってくれないか?」とのお申し出がありました。それが熟成し今日皆様にお届けできるようになったのが現在実現している「夜間・休日ドクターホッとライン」というわけです。

そこで2004年から新しい主侍医契約には、このサービスを付加して、更に登録ゲストの仕組みも取り入れ基本報酬を月額10万円からとさせて頂いています。従来からの会員の方には、今までのご契約状況などを踏まえてご相談させて頂いています。また2006年3月より、併設のクリニックでは保険認可も取り、日常的な病気のための検査や投薬が可能となりました。原則有料予約制でゆったりとした診療が可能ですが、会員ご本人の方々の予約料は無料とさせていただいています。主侍医スタッフも若手が加わり、総勢4名となりました。「夜間・休日ドクターホッとライン」の担当医も含めると8名となります。テラドクターアライアンスと呼ぶ専門医のネットワーク数は、増加の一途です(簡単に数えられないほどの数です)。

このように初期の「主侍医倶楽部」から展望すると、随分と進化しました。富士見事務所には、メンバーズボードが設置されました。スタッフが毎日感謝し気を引き締めるためとともに、広報部長としての私の励みにもしたいと思っております。現在のメンバーの方々のお名前をこうして眺めさせて頂いても、各分野の超一流の方ばかりで、そのような方々の主侍医を勤めさせて頂いている誇りをスタッフドクター一同有り難く思っております。

現在のメンバー数は50名です。現状の主侍医倶楽部の運営は、主侍医チームとスタッフを100名でシェアしていただくことを想定しています。ただ、日本では他に類が無いデリケートな仕組みですので、誰でもメンバーにとは申せませんことをご理解の上、皆様のとっておきの親友をご紹介いただければ幸甚です。

2011年10月14日

【代表主侍医のつぶやき】2011/10

スティーブジョブズの逝去記事が2011年10月6日の新聞記事のトップを飾りました。恰好いい人生のあっけない幕切れでした。その隣には、格好悪いしぶとい人の写真が載っていたことが、ひときわ対照的に映りました。
ジョブズは膵臓がんでしたが、あれほどの人ですから、アメリカでの最高レベルの治療を受けていたことだと誰もが簡単に推察できるでしょう。それでも場合により「56歳の若さで死ぬ」という現実に改めて厳しく寂しく心を揺さぶられました。医療がいくら進んだとはいえ、その不確実性の無常に(無情とも言えますが)落胆し、僕が推進している「主侍医、プライベイトドクター」でさえも、その無常には立ち向かえないと観念せざるを得ません。ジョブズにははたして「プライベイトドクター」はいたのだろうか。いくら膵臓がんの早期発見は極めて困難としても、あれほどの人物なのに、周囲が健康管理に最高レベルの神経質になって、もっと早く膵臓がんを見つけることができなかったのだろうか、などとくよくよ考えてしまいます。僕より2歳下であり、学生時代コンピュータに夢中になり、マックはあこがれの機種として親しんだ我々の世代にはいろいろな思いがあります。
主侍医倶楽部契約中の会員の方は、この21年間一人も亡くなっていないことは再三お伝えしている通りです。そしてその中には、我々がいたために早期に病気に対処することが出来たために、一命をとりとめたかたも少なからずいらっしゃいます。これは自慢話です。僕の自慢話ではなく、主侍医システムとしての自慢話です。
しかし、世の無常はそれほど甘いものではないこと承知しています。生きとし生けるものの限りはありますが、どのような厳しい事態に対しても最善を尽くしたという満足感と、最善を尽くしているという安心感が大切だと思っています。より多くの方がこの満足感と安心感のために「主侍医」を持てるよう僕自身はこの7月より広報部長として任務を遂行していく所存で日夜頑張っています。今や、会員の方々の、幅広い相談には若手のスタッフドクターがかなり対応できるようになりました。勿論、彼らと僕とは常に楽屋裏で綿密な相談をしていますし、スタッフドクター同士も連絡を取り合っています。
また事務局のスタッフも充実してきています。皆様との窓口としての「田口」、初期相談や心理相談などを通じての相談窓口として「豊崎」の両名が勤続20年のベテランぶりを発揮しています。またドクターアシストナースとして「菊地」が看護師としての資格を有しながら、皆様の医療内容についてドクターとの橋渡しの役割を担っています。彼女も事務所発足当時から勤務し、他所での修業を経て、数年前より戻ってきたベテランです。また、この9月より慶應大学医学部で事務職をしていた「寺田」が入職いたしました。広報部長の僕の補佐役としての任務が中心になります。皆様の元へ伺い広報活動にお邪魔した際はよろしくお願いします。もう1名、早稲田大学で都市計画を勉強中の「佐藤」が、「安心の医療システム実現のための研究」をテーマに非常勤スタッフとして研修を開始しました。広報担当として僕や寺田とともに活動し、この通信やウエブでの広報活動などを担当します。
スタッフドクターについては、既に何度かお知らせしていますが、石澤、笹部、田代という東大、慶應大の精鋭たちが活躍してくれています。この場をお借りしてのご報告ですが、石澤ドクターはこの度、司法試験に優秀な成績で合格しました。ついでながら僕の次男「征司」も同時に合格し、今後法曹の道で研修を続けていくことをご報告いたします。スタッフドクター以外に、「夜間・休日ドクターホッとライン」にご協力をいただいている美馬ドクター、長谷川ドクター、木村ドクター、矢澤ドクターはベテランから若手までいずれも僕自身や家族やスタッフなどが診てもらっている素晴らしいドクターばかりです。また、愚息の長男が研修医2年目の半ばになり、まだまだヒヨッコですが、休日の患者さん受け入れに先輩方の先生にお願いできるようになり少しは役立つようになってきました。

このように俯瞰してみると「主侍医倶楽部は結構贅を尽くしているなあ」、と我ながら我田引水的に感心をしている次第ですが、運営安定化のためには若干名の正会員追加募集が必要と考えています。例えば、「夜間・休日ドクターホッとライン」は36名の契約者のために8名のドクターが交代で待機しているという状況です。スタッフ全員の献身的努力によって支えられていることは容易に想像がつく状況です。来月には、事務所にメンバーズボードも設置し、会員の方々に敬意と感謝を表すとともに目標メンバー数を可視化して自ら広報部長としての任務の自覚を促すことにもつなげたいと思っています。
みなさまのご理解とご協力を期待しております。

2011年08月16日

【代表主侍医のつぶやき】2011/8

大地震の再来、放射線障害、猛暑、電力問題、不景気、政情不安など不安要素を数えていたら片手では足りなくなってきました。人間にとって(動物にとっても)安心が一番の大切な生活基盤の要素であることは自明の理であると考えています。かたや「好きなことをやり、好きでないことをなるべく避けたい」というのも、我々の本能だと思います。これを貫くことが出来れば、理想だし、そんな人を見かけると羨ましくもあります。丁度、数週間前放映されたNHK大河ドラマ「ごう」の中で、石坂浩二扮する千利休のセリフ「結局は好きか好きでないかのどちらかなんや。」が印象的でした。もうひとつ感銘したセリフに「私のたてたお茶が日本一というなら、それはあんたが日本一の心を持ったおかたということや」というのがあります。これは利休がお世辞を言っているのではありません。利休は「好きな人には一所懸命お茶をたてるんや、日本一やと思っている方には日本一のお茶をたててあげたいと思うからや」と説明しています。
我々主侍医の思いも、この利休の心にあるなあと感じ、スタッフのみなと気を引き締めました。
話しを元に戻します。「好きなこと」をするには、時にはリスクを伴います。人間の安心最優先説とぶつかり合うようになり悩むことになります。「好きなビール」をたしなむと「痛風」などのリスクが高まります。概して美味しいものを食べ過ぎるといろいろな病気のリスクが高まることはみなさんもご存知のことです。要するに、我々は「安心」と「リスク」の間を巧妙にすり抜けながら人生(という時間つぶし)を楽しんでいこうとしているんだなあと常々思っています。我々主侍医は、その「安心」を少しでも高めるためにお手伝いしているのだと思っています。
7月10日に、僕自身が58歳を迎えました。還暦まであと2年と、少し武者震いがする感じです。高度複雑化していく医療の中で、満足度が高い安心なシステムを研究し続け、やはり医療のインターフェースとアクセスシステムとしての主侍医システム、医療の判断支援システムとしての医療判断学やその専門家が必要だとの思いは増強するばかりです。すでに存在する「かかりつけ医」や「家庭医」「総合医」の概念も主侍医システムと同様のものだと思っています。しかし、それらはあくまでも国民の誰もが受けられる治療サポート中心の現在の保険制度のうえに存在していますから、その品質向上にはかなり無理が生じます。それらのドクターの身を削った努力にのみ支えられています。
「相談」「助言」「判断支援」などは、日本では軽くあしらわれがちですが、実に高度であらゆる能力、技術、そして充分な時間を必要とする最も貴重なものだと我々は考えています。
保険制度の中で、こういった「相談」「助言」「判断支援」をカバーするようになればいいと初期の頃は言っていましたが、最近では、それは不可能だし、破綻を助長すると考えるようになりました。せっかく世界に類をみない世界中から羨望されている保険制度があるのだからこれを守らないといけません。

今後2年間を、主侍医システムは「かかりつけ医」や「家庭医」「総合医」の活動の先進モデルから実現可能モデルにまで作り上げることに専念したいと思っています。それこそ僕にとっての「好きなこと」だと思っています。多少の(過酷な)リスクを覚悟しながら。

皆様方のご健康を祈りつつ、今後ともご支援をお願いする次第です。

2011年07月11日

神楽坂会議始めました

主侍医活動を円滑に進めていくためには、関連の医師の潤滑なコミュニケーションが大切です。私どもの主侍医活動も、経営的な目で見れば、まだまだフロンティア精神で支えられているのが実態です。片腕として参加してくれている若手のドクターも、大学などでの研究研修活動とともに、生活を支えるための診療活動も行なわなければなりませんから、ずっとこちらの事務所に詰めている訳には参りません。本来は、もっと僕がしっかりと経営活動を充実させて、たいへんな仕事に見合った高報酬を確保してあげるべきだと思っていますし、これからの僕のメインの職務だと戒めているところです。

そんな訳で、スタッフ主侍医のドクターたちはお互いなかなか顔を合わせて論議や打ち合わせをすることができません。そこで、月に1回は顔を合わせようと、せっかく事務所が神楽坂近くにあるので、B級グルメを兼ねて交流会食会を先月から始めました。事務所のライフワークである「スーパー医局」活動の幹事打ち合わせの会も兼ねる意味合いもあります。事務所の若手スタッフ主侍医3名と事務所設立時代からの仲間の野村忍ドクターと僕の5名に加えて、昨年から研修医仲間入りした愚息が是非参加したいというので計6名でスタートしました。

スタッフ主侍医が一同に会するので、担当している主侍医倶楽部のメンバーの方のための打ち合わせなどについても全員の意見を聞くことができます。

今月のテーマは、主侍医活動の必要性を仲間の医師にどのように短時間で説明するか、ということです。長く付き合っている専門医仲間は、漠然とは理解してくれていますが、「取り敢えず困った時に相談する医者」「腕のいい専門医を紹介してくれる医者」「セカンドオピニオンをしてくれる医者」「困りきった時に駆け込むクリニック」だとか、当たらずとも遠からず、といった理解に留まることが多いからです。

我々は「高度化、専門分化する高技術医療時代において、安心できる医療の基本的なアクセス/インターフェイスの仕組みが『主侍医システム』であり、個人や企業内における医療管理と判断を支援するプロ集団が医療判断医である。活動が活発になってきた家庭医や総合医、以前からいわれているかかりつけ医なども同様の概念上にあると考え、そういったシステムが繁栄発展するための模範的(サンプル的)活動を目指す」と考えています。

 

2011年01月31日

「患者も医師も笑顔になれる仕組み作り」

嬉しかったクライアントメンバーからの報告

 

僕の実践している「主侍医システム」の目指すところを一言で言えば「医師も患者も笑顔になれる仕組み」である。勿論、患者の家族や医師以外の医療スタッフも含んでいることは言うまでもない。

ところが現状はどうであろうか?

「この医者は信頼できるのだろうか?真剣に取り組んでくれているのであろうか?」「医療ミスは大丈夫だろうか?」「もっといい治療法はないだろうか?」など不安が次から次へとよぎる。また、インターネットやテレビからの情報を見ると不安は更に増大する一方である。病気で心細いのに、更に迷いや疑いがあると笑顔どころでなく引きつった表情となってしまう。

「この患者は本当に信頼してくれているだろうか?」「きっと誰かにセカンドオピニオンと思っているだろう」「テープレコーダーを潜めているかもなあ」「訴えるようなことはするタイプではないだろうか?」

引きつった表情を見ているとその思いは更に強くなる。笑顔で接しようと思っても「私が苦しんでいるのに、笑うのですか、とも思われかねないし、、」と医師も引きつった顔となる。

大げさな空想のような話しに思えるだろうが、結構事実に近い。医療崩壊の根底に流れる要因の一つだと僕は思っている。

 

そんな中、僕の主侍医クライアントのメンバーから嬉しいお礼の連絡が入った。ある病気の診療のために、母校東大病院の専門医の受診をして頂いた。最初の診察に僕も同伴することになった。初めてお願いするドクターだから、顔を合わせてご挨拶もしておこうと思ったからである。准教授にあたる中堅の医師A

が担当となった。初診ということもあったのか、1時間近く時間をかけて、診察説明をしてくれた。後半の説明の時には、僕も診察室の中でご一緒した。Aドクターは、「先輩まで来て頂いて恐縮です」と懇切に説明してくれた。

帰りがけ、そのクライアントに「大学の医師で、あれくらいに丁寧に対応してくれるのは珍しいね。しかもアドバイスも的確で信頼できる」ということを具体的に説明した。また、そのAドクターにも、後日お礼の連絡をした。勿論、医学的内容のやり取りも行い、今後の治療方針についても検討した。彼は「先輩までご一緒に来て頂いて感激しました」と言ってくれ、「Aさんのようにキチンと対応できる後輩がいて心強い」ということを伝えた。

その1ヶ月後の再診を終えた後、そのメンバーから連絡を頂いたのである。「最初は、実のところ大学の先生で怖い感じもして緊張したが、今度は全然違った。寺下さんから、お話を聞いていたお陰で今度はリラックスして、信頼してA先生とお会いできた。すごく親切で、的確なアドバイスを懇切丁寧にしてくれるし、冗談も出るし、正直感動ものでした。これからは、少し遠いですが東大病院に通うのが楽しみになりました。」

これは、メンバーの方やAドクターが別人に変貌した訳ではなく、人間性や優秀性や取り組み方に変化はない。少し潤滑剤が入っただけのことである。こうなると良循環である。自然と理想的な患者医師関係が築かれていく。

まさに「患者も医師も笑顔になった」と主侍医の僕も笑顔になれた訳である。

 

医療の各論的技術の発展も大切だが、その発達した医療技術をどのように提供していくかのシステムこそ、「幸せに貢献する医療」に不可欠である。ソフトバンクの孫さんが「デジタル情報テクノロジー」の時代から「デジタル情報サービス」の時代に突入しつつあると言っているが、医療の分野でも同じである。「ヒューマンメディカルテクノロジー」から「ヒューマンメディカルサービス」の時代となるであろうと考えている。せっかくのテクノロジーをどのように提供するか(How to serve)に知恵を集めていかなければ幸せに貢献する医療は実現できない。再生医療や遺伝子医療の研究も大切であろうが、医療の仕組み作りの分野にも更に優秀な医療人材が必要とされている。

2010年11月30日

【代表主侍医のつぶやき】2010/11

「暑い暑い」「まだ暑い」「もう冬のように寒い」などと言っているうちに今年も1年が過ぎようとしています。インフルエンザも流行の兆しが見え始め、来年の花粉症は酷くなりそうだとの予想等もあり、健康上も予断を許さない状況です。経済状況も厳しい日々が続いていますが、何よりも心身の健康とその安心感がそれらを乗り切るエネルギーの源だと思っております。
長くお付き合いいただいているメンバーの方は20年にもならんとしています。その間、「主侍医倶楽部」も様々な変遷を経てきましたが、「私どもの考えに賛同されるメンバーの方々」とそのみなさまに「出来る限りの恩返しのサポート」をさせて頂こうという基本的思いは一貫しています。そうは言っても、継続性を持たせ、発展していくためにはビジネスであり契約でもあるという形を取らざるを得ず、また取るべきであるとも考え、遅々としてではありますが進化してきたものと思っております。
ホームページ等にも少しずつ手を加えて、主侍医倶楽部の運営の変化等をお知らせしていますが、今後の継続性、発展性を考えて、第2世代の医療判断医(主侍医)グループの体制を整えるべく日々努力をしております。
日頃から皆さんの相談役として活躍している石澤ドクターと笹部ドクターが私の両腕になってもらっています。
この場を借りて、みなさまへのお知らせですが、石澤ドクターが私どもの事務所で活動する傍ら、東京大学法科大学院で3年間研鑽を続け、来年度いよいよ司法試験チャレンジとなりました。来年5月まではそちらに集中しなくてはなりません。それにともなって、私ども事務所やクリニックでの定期的業務はしばらくお休みとなり、みなさまとは救急主侍医として、また笹部ドクターや今後の新しい医療判断医のスーパーバイザーとしての間接的なお付き合いになります。落ち着きましたら、医療判断、医療管理の分野に戻って来られる予定ですので私も期待しているところです。
また、11月より「主侍医説明会」を定期的に行なっています。
「友人に勧めたいけれど、簡単に説明できなくて」「高級車やゴルフ倶楽部や高額保険などよりまず主侍医を持つことの方が優先順位が上だと説明したいが分かってくれなくて」などのお声をいただくことが多いことと、今後の第2世代の「主侍医倶楽部」のために私自ら広報部長になることが使命だと思うようになりました。
医療判断や医療管理の重要性、主侍医倶楽部の業務説明や契約の方式、主侍医の有効な利用法、救急主侍医の利用法、新しい入会金型の主侍医契約の説明、法人をお持ちでない個人でも入会できるような「プライベートドクター契約」、よりエコノミーな団体型主侍医契約などの説明を私とスタッフが丁寧に説明させて頂いています。
「患者も医者も笑顔になれる仕組み」として主侍医システムを広めていきたいとの志を再認識しております。
日本の高度化し複雑化したしかも保険制度が完備した医療においては必需品だと考えております。
来年もみなさまの信頼に応えられるようにスタッフ一同自己研鑽に努めますので、皆さん方のご理解とご声援をよろしくお願いいたします。

2010年10月07日

【代表主侍医のつぶやき】2010/9

驚異的な暑さが続く夏でしたが、みなさま体調はいかがでしょうか?現在のところ、主侍医契約を頂いているメンバーの方々には大きなトラブルもなく無事通過できたのではと安心している次第です。
まだまだ気候が不安定ですので、くれぐれもご用心を頂きたく思っております。暑さが長かった割には、快適な秋が短く寒さが早く訪れるのではと心配しています。そうなると昨年流行したインフルエンザの再流行が懸念されます。今年のワクチンは新型、季節性が同時に行なえるようなものになっていますので、私どもでは、早めの対策をお勧めしています。
「主侍医倶楽部」を運営し始めてから20年が経過します。これだけ長年お付き合いさせていただいておりますので、癌や心筋梗塞等重大な病気を避けることはできませんが、全て早期発見にて早期対処が出来て、病気を持ちながらも全員がお元気に過ごされていることは、私どものこの上ない喜びです。これもみなさまには日頃から「健康は第一」と考えて頂いているお陰だと感謝しておる次第です。そうは言っても、私も含めて寄る年波には勝てません。私どもスタッフもメンバーのみなさまも高齢化が進んでいることは認めざるを得ず、今後、様々な難関が押し寄せてくることも覚悟せねばと気持ちを引き締めております。第一の対策として、私としては、医療判断医の後輩の育成と専門医とのコネクションの更なる充実(数だけでなく質と密着度においても)を念頭に置いております。スタッフとしてはなるべくみなさまと頻繁にご連絡をお取りすることを心掛けるようにしております。
良質なサービスを提供するには、あまり量の拡大はできないという自己矛盾を抱えております。「スモールメリット(メンバーのKさんのお言葉です)」を活かしながら、ある程度の量の確保も重大な課題と考えております。我々の活動を理解いただける方々への参加をお願いするにあたり、私が陣頭にたった主侍医倶楽部説明会を定期的に行ないたいと考えました。「契約者を拡大したい」という運営上常に存在する願いと「主侍医活動を理解して頂いた方のみにご案内したい」という我々の願いとの両立を実現するために、なるべく丁寧にご説明したと考えております。これを機会に、みなさまのご意見も参考に新たな契約形態の追加も検討しております。まことに我田引水でありますが、日本の医療の現状を考えると、契約制の主侍医を持つことは「奇跡的な安心」だと思っております。どうか大切なご友人の方にお声をおかけ下さい。
また、既にメンバーでいらっしゃるみなさまにも、我々をより有効にご活用いただけるような説明会でもありたいと考えておりますので、万障繰り合わせてご参加いただけると幸甚でございます。

2010年04月28日

【代表主侍医のつぶやき】2010/5

主侍医冥利のお話
 
メンバーのHさんのご紹介で昨年、主侍医倶楽部のご契約をいただいたSさんのお話をさせていただきます。勿論、Sさんからは了解いただいております。「実名でお載せいただいてもよいですよ。」とまで言っていただき感激しています。長くなりますが、肺癌の病気のことの勉強や、主侍医の活用の仕方などの参考になると思いますので、辛抱強くお読みいただければ幸いです。
 
Hさんは、長年法人メンバーとして、私どもを応援いただいている方です。昨年のある日、「仲の良い大切な仲間がいるんだけど、医者嫌いなんですよ。でも、そろそろ歳だし、20年間も人間ドックもしていないようなので、取り敢えず人間ドックの相談をしてあげてくれますか?」と依頼されました。
最初、Sさんとお会いしたときも「お医者さんはおっかなくて。何を言われるかと思うとドキドキして。人間ドックも怖くて行けませんでした。でも、Hさんに勧められて、思い切って参りました。」とのことでした。
ほとんど初めての人間ドックでしたので、内容が盛りだくさんのドックを四谷のクリニックで行うように手配しました。(この間のスタッフとの触れ合いからご信頼をいただき、この時点で「主侍医倶楽部にも入会したい。」とのお申し出をいただきました。)
結果の報告が来て、我々担当主侍医笹部ドクターとともに内容を再確認すると、数個の軽い問題点があり、それぞれに対処するプランをたてて、Sさんと面談することとしました。12月28日と年の暮れ押し迫った時でした。それぞれの問題点につき、専門医への紹介、当院での経過観察などのお話です。その問題の中のひとつに「胸部CTで、左肺の上部に1cmのGGOと呼ばれる腫瘤陰影。」がありました。一般的には、癌の可能性も低く、まずは慎重な経過観察というところです。従来から医者嫌いのSさんですから、あまり怖がっていただいては申し訳ないし、いざという時の決断が遅れることにもつながります。そのために、まずは、より軽度な問題点について安心できる対策を説明し、面談に慣れてきたところで肺のお話をすることにしました。まず伝えたいことは、肺癌の専門医の監視下に入っていただくことです。
私どもがお付き合いいただいている、肺癌の診断や治療の専門家は数名おりますが、その中で山王病院のOドクターにご依頼するのがSさんにとって総合的によいのではないかと予測したうえで、他の選択肢も用意し面談しました。「先生方のお薦めのO先生にお願いしたい。」「分かりました。では、O先生にご紹介します。まずは人間ドックの時のCTを見ていただいて意見を聞きましょう。」
四谷のクリニックにCTのデータのCD-ROM作成の依頼をし、年明けすぐの1月7日、Oドクターの診察の予約の手配をしました。「年末年始はこのことを忘れて楽しんでください。」
1月7日、Oドクターの意見は、「10mmのGGOで、大きさや場所から悪性の可能性を調べるために、胸腔鏡下の切除(VATS)も視野に置いて、まずは2、3ヶ月後の検査で比較読影しましょう。」ここまでくるとSさんも相当心配しているはずです。笹部ドクターと「Sさんには安心感を与えつつ、最善の方策を模索していきましょう。」と話す。
実は、Sさんは、2月にハワイで過ごす計画をたてていました。「丁度良かったです。次の検査までやきもき心配しているより、ハワイで思いっきりゴルフを楽しんできてください。肺は悪性の可能性は低く、あったとしても超早期ですから心配はご無用です。」「先生方を信頼しています。」
ハワイから戻られて、3月4日にOドクター再診。「今回のCTでは、GGOの大きさに変化なし。今すぐVATSでも、3ヶ月後の経過観察でもどちらでもよい。癌の可能性は少ないが、癌ではないと断言できない。癌でないことを確認する目的なら手術(VATS)を勧める。」との説明を受けて「寺下先生と相談して決めたい。」とお答えされました。
3月10日、我々との面談。その間、Oドクターからの報告もあり、上記Sさんへの直接説明に加えて「最近は最終的に患者さんの満足度が高いので、VATSを積極的に行っている。」とのコメントもいただく。奥様を同伴されたSさんとの面談前、30分以上をかけて担当の笹部ドクターと菊地マネージャーも交えて、
どういうふうに今回の医療決断を支援していくか検討。Sさんが、手術を恐れるなら、今の段階では経過観察の選択もあるかもしれないことを念頭に面談しましょう、となりました。

面談ではまず、「心配で夜も眠れないですよね。」とスタッフ一同共感した上で、「思い切ってVATSをするのも、3ヶ月経過をみるのもどちらも安心できる選択です。」ということを基調に話を進めました。Sさんは、出来うるなら手術を避けたいと思っているだろうと、予測しての面談でした。ところが面談を進めていく中で、Sさんは手術をする覚悟をしているのではないかと感じ、それなら我々もより安心できるVATSをするという判断の優先性を上げるという方向性にシフトしました。「実は、心の中では思い切って手術をしたほうがいいかなと覚悟をしながらも迷っていた気がします。しかし、今はっきりと決断できました。先ほど、先生方が言われたように、手術をして悪性ではなかったら、それはそれで嬉しいし、悪性だったら早く見つけていただいてよかったとどちらの結果がでてもよかったと思える気がするからです。決断が出来てすっきりしました。あとはお任せするだけです。」
このSさんの言葉を聞いて、実は、涙が出るくらい嬉しく思いました。「結果の如何に関わらずよかったと思っていただけるような決断の支援ができることが医療判断の真骨頂、そのような関係こそが主侍医倶楽部の真髄」という僕の思いそのものだったからです。普通は「悪性でなければ、余計な手術を勧められた。悪性であれば、3ヶ月の経過観察などせずに、年明けすぐにでも手術をしてほしかった。」となるのが人情です。でも、そういわれると我々も生身の人間、とても悲しくなり主侍医稼業を続けていけるかどうかいつも悩むところでもあるのです。
そして、翌々日の3月12日、Oドクターの再診を予約し、決断をお話しされ、同月23日入院、24日手術というスムーズな予定となりました。ところが、24日当日、VATSと呼ぶ、胸腔鏡による部分切除の予定でしたが、手術中に腫瘤の迅速病理診断を行ったところ、悪性細胞がみつかり、急遽、開胸による上葉切除術に変更することになりました。数時間の予定の手術が一日がかりとなり、ご家族も心配されましたが無事終了。それでも29日には、ドレーンなどの管も抜けシャワーも可能だし食欲旺盛。4月1日には退院となりました。
退院後の4月7日、Sさんが奥様とお元気な姿でご挨拶に来られました。その際、Oドクターと「手術をしてよかったですね。でも毎年あのような精密人間ドックをしていたお陰でしょう。」「いえ、今回が20年来初めての人間ドックでした。」「えっ?それはなんと運の強いお方なのでしょうか!」という会話があったことをお聞きしました。
「Sさんの強運と、それを支えてくれたご友人Hさんの温かい思いやりのお陰です。我々に対し厚い信頼をしていただいたことで、よりスムーズに進みました。主侍医冥利につきる出来事で、こちらからこそお礼を言いたい気持ちです。」と心からお喜びしました。

事実に基づいて、長いお話をしました。主侍医とクライアントの皆様の関係の理想的な出来事でしたし、Sさんのご快諾を得ましたので、日頃の我々の活動の一端をお知らせするよい機会と思いご紹介させていただきました。主侍医の活動はともすれば非常に困難で辛いことが多いのですが、このようにお役に立てた時は喜びもひとしおです。僕も今年は57歳ですので、後輩の育成や継続性のあるプライベイトドクターのシステムの構築を進めていきたいと思っております。今の形の主侍医の新規ご契約を制限し、もう少し軽い形で医師側も参加しやすく、またクライアントの方の負担も軽減できるようなシステムの運営を進めていきたく考えております。皆様からの更なるご支援をいただければ幸甚でございます。

2010年04月21日

「患者中心」医療から「人間中心」医療へ

「患者中心主義」は、医療の理念の代表のひとつである。だれもが賛成せざるを得ない理念である。拙著の「私を救う医者はどこ?」の前書きの冒頭でも「人間の幸福な生活の一助のためにのみ医療は存在する」と言い切っている。これも「患者中心主義」を表しているようではあるが、次に続く文章で「こんな当たり前のことを、患者側医師側などという枠組みでなく、国民みんなで再確認しよう」と書いた。 相変わらず「医療崩壊」という言葉が繰り返されている。皮肉なことだが、もしや、この「患者中心主義」が関連しているのではと僕は空想してみた。「患者中心主義」が「患者様」と言う言葉を生み出した。どこかでよく聞く言葉である。そう、「お客様」という言葉である。ある歌手が言った言葉を思い出す。「お客様は神様です」いわゆる「商売」からしてみればそうなるだろう。その通り「患者様」を「お客様」にみたてて、医療機関に置いてもサービス精神の必要性が叫ばれた。今までの「ぶっきらぼうな」医療機関にとっては、とても大切なことだと僕も思った。しかし、日本人は、独創的なことは苦手だが、一旦みなが同じ方向に進む場合に、行き過ぎる性癖があると僕は感じ自戒もしているところだ。案の定、エステサロンやビタミンショップとまがうようなクリニックがあれよあれよという間に乱立した。アンチエイジングの本来の崇高な意味合いを単に商売道具に使ったようなところも乱立し、真面目に取り組んでいる医師は戸惑っているに違いない。他の機会で述べるが、医師の偏在の要因のひとつと言えると僕は思っている。 これとは反対に、多くの真摯な医師たちは「患者中心主義」を全うしようと日々懸命の努力をした。しかし、医療の不確実性、病気や死の宿命性、限られた(少ないと言える)医療資源という環境のなか、お客様として増大しつつある「期待」「要望」「要求」「批判」「非難」「攻撃」の前に疲弊した。それでも経営者や世論が守ってくれないどころか、「患者様が苦しむ前で、へこたれるとは何たることか!」と叱責した。耐えきれない勤務医たちは、大学教授や大病院の部長という地位を捨ててでも病院を飛び出した。ある医師が表現しているところの「立ち去り型サボタージュ」という現象である。 そもそも、日本の医療保険制度ほど充実したシステムは世界中を探してもなかなか見あたらない。その証拠に、かの大国アメリカが日本のシステムを模倣しようとしたが、「我が国民には不可能なシステムだ」と絶賛したことは有名な話しだ。その保険システムが今まで維持できたのは、医師を始めとした多くの医療従事者の犠牲的努力の上であったといっても過言ではないと思っている。 今、アメリカのオバマ大統領から叩かれている金融業界や日本でも「一億円以上の年俸を公表する」ことに猛反対している大企業(の役員たち)を、まじめな医師たちは、別世界のように呆然と眺めている。実際、医療界のリーダたちと企業のリーダーたちと話しをしていても、根本的な発想は全然違う。勿論、双方の方々をそれぞれに尊敬できるのだが。 そもそも「開業医の報酬と勤務医の報酬の格差」などということに天下の一流マスコミが何度も報道していることに奇異さを感じている。国民を混乱させている要因ではなかろうか。再診料が690円か710円かを論争したり、外科医が数名、その他のスタッフが数名以上一日専念する大手術の費用がたいていは驚くことに100万円以下だ。確かに「100万円」はたいした金額だ。しかし、この費用の中には、その多くを占める医療機器や材料、薬剤などの他に、場合により数度以上、数時間以上かけた患者や家族への説明などの労力も含まれることになり、そういった医療者の努力への報酬は全く考慮されていないと、ある外科医が苦渋の表情で僕に話したことが印象的だった。医療技術の発達とともに、個別の医療にかかる経費も上昇し、また、国民の医療利用率も増大している。これを国民の保険拠出金でまかなうことに無理がかかってきたのも必然のことである。思い切った改革が必要なときだが、だれも火中の栗を拾いたくない。 僕は、この文章を「医師の立場で自己擁護のために」書いているのではない。実際、僕はほとんど保険の頼らない活動をしているから、直接利害とは関係なく、俯瞰的立場で見ることができる。日本の医療を少しでも向上し安心できる体制を作るための「医療評論家」や医療を受ける側の国民の立場で書いているつもりだ。その気持ちで、標記の提言を考えた。 「日本の国民に取って最大の利益を得るため」の医療の実現のためには、今こそ「人間中心」の医療体制を整備することが急務だと考えた。医師をはじめとする医療スタッフも同じ人間だし、「医療もサービス業のひとつ」という反論はあろうが、「医療は普通の企業や商売にはなりえない」という基本的考えからである。国民総力で守っていかないといけない。医療を「教育」や「政治」などに置き換えても似ている。多様性が進化した現在では、「基本的な医療は」とか「基本的な教育」としたほうが正確かもしれない。「病院に集うもの皆が、快適で安心し納得できるような医療環境」の実現を目指すことが「医療崩壊からの脱却シナリオ」の発想だと言いたい。口で言うのは簡単だが、具体案に関しては次回以降に譲りたいと思う。

2010年03月10日

共感と同情 

医療や看護やカウンセリングの心がけで大切なイロハは「傾聴と共感」とよく言われる。この共感に似たようなものに「同情」がある。どうも日本人は「同情」が好きなようで、代議士などの投票に際しても「同情票」というような言葉が存在するくらいである。「共感票」とは言わないのが普通である。ということは「共感」と「同情」は明確に区別されている事になる。僕は、この辺のところが医療に大切だと思っている。医療者として活動してく際には患者さんの苦しみへの共感が必要であり、それを原動力として解決への努力のエネルギーが発生するような気がしている。日常的な診療では、いつもそこまでは意識していないだろうが、患者さんがかなり困難な状況に陥ってそれに対処するの医師側にも困難が山積みな場合は、相当エネルギーが必要である。その場合に意識するのが「患者の苦しみへの共感」ではないだろうか。 では「同情」ではいけないのだろうか。言葉のあやなので、言語学的な追求は別として、「同情」に続くものにはプロの判断が出来にくいと思っている。先ほどの「同情票」のようにともすれば正しい判断を逸脱する可能性がある。「同情」には、良い意味でも悪い意味でも感情移入が色濃く入ってしまうからであろう。 では、患者側から見たらどうだろうか。よく「患者の痛みの分かる医者は少ない」との批判を耳にする。実際そうであろう。痛みはなかなか伝えにくいものであり、理解も難しく、理解をしたつもりでも患者から見れば分かってくれていないように感じるものである。患者サイドからみると、やはり医師に自分の痛みを分かって欲しいのである。その時に「同情」して欲しいと感じているか「共感」をして欲しいと思っているか「理解」だけしてほしいと思っているかはかなり個人差がある。 患者と医師とのコミュニケーションはつくづく難しいと思う。うまくいっていると信じていても、結果が悪く出ると、関係はこじれることが多い。それに他の医師の不用意な言葉などが加味されると、関係の悪化は加速してしまう。このような嘆きは、本当に多くの医師仲間から聞かされる。普段、真面目に医師稼業をしている人からよく聞く。商業主義的または権威主義的な医師からはむしろ聞かない。「聞く耳」「共感するこころ」をあまり持ち合わせていたないからであろう。医を打算的に行うためには「聞く耳」はとても障害になるし、権威主義で名誉地位のみを追うものにとって「共感するこころ」は1次試験落第である。 患者も医師も同じ人間。時に患者は「共感のような演技」「同情のような振り」に騙される。「プロとしての共感」を理解できず、結果に振り回され自分にとっての良医と袂を分かつことがしばしばある。医療決断支援の仕事をしていてつくづく残念に感じることである。同情が好きな日本人の特徴であろうか。

2010年03月03日

昔提言、今疑問の理由(わけ)その1 医局の功罪

今の事務所を設立する前後の頃だから、30年近く前になる。その頃から、医療の仕組みに関心が向いていた。「こんな仕組みがあれば医療の質があがるのに」とか「この仕組みが改善されれば、もっと快適な医療環境が実現するのに」というような思いが、次から次へと気になった。いわゆる「勿体ない思想」だと思っている。「せっかく各論としての医療技術や医師の能力が高いのに、もっと安心で満足できる医療の実現が可能なはずだ」という思いが根本にあった。 その頃、主張していた数ある提言の中に「教授の個人的利益の温床の部分が残り形骸化しつつある医局システムの改善改革が急務」というのがある。30年近く前のことだから、まだまだ医師の世界は医局主義で「出世を狙う医師は医局を中心に活動することが必須」と思われていた時代である。僕は、幸いと言うか不幸にというか最後に属した医局の一部の人の醜さに耐えられず単身で飛び出したわけだが、医師仲間から「勇気あるねえ!」となかば憐れみを持った励ましの言葉をたくさん頂いたものだ。 ご存知のように、その後しばらくして、医局の中の教授を中心とした権力構造事件などがあり、高名な先生方も医局廃止論を展開するに至り、日本独特の「そりゃあ、尤もだ」的「みんなで渡れば怖くない」的流れで、名実共に医局制度の崩壊が進んだ。特に医学部が集中する都心部でその傾向が強く、新卒の若い医師たちは従来のように医局に属し服従するというような慣習は「そんな時代もあったのね」というくらいに医局講座制の崩壊が進んだ。勿論、ある意味ではイノベーションであり、医学医療の向上に寄与した部分もあるが、地方における医師不足を生み出した元凶ともなった。医局を中心にして医師を地方にもローテートさせるという仕組みが事実上崩壊したからである。 そもそも医局講座制は、ドイツゆずりの仕組みで、教授を中心に後輩たちを育成教育していくことを目的としたものである。そして中世ヨーロッパのギルドのように、同業技術者組合みたいな機能も含み、同じ組合員の職の安定供給をサポートする役割も大きい。また隠れた役割として、同じ釜の飯の仲間の交流の場として厳しい仕事をする者にとっての精神的よりどころともなっていた。こう考えると結構役立っていたのである。 僕が当時、医局のあり方を批判していたのは、本来の医局の役割を逸脱して、一部の人の権力を守るためにのみ使われ、今の政治の党や派閥のような悪い部分のみが目立ってきたことへの警鐘であった。医局廃止論ではなく、医局ルネッサンスであった。しかし、時代の流れは医局廃止の方向へ進み、その流れは止められない。それも時代の流れだと思っている。では、どうすれば医師の偏在(と言われている医師不足)を是正できるのであろうか。いろいろな意見が飛び交っているが、決め手はない。だから、単純に医師の数を増やそうとしている。医療費抑制と医師数の増加をセットに考えているから、薄利多売医師の粉骨で成り立っている日本の医療は再生どころかますます崩壊するのではと危惧している。もっと本質的な方法論はないものだろうか、知恵を集める必要があると強く感じている。 そんな訳で、昔は「医局は改革せねばならない(こんな医局ならない方がまし、、、とまで言ってはいなかったが)」から、今は「本来の医局的なものは必要なのでは」と思っている。 例によって、口先だけではという批判に答えるために、モデルとなるような実践をしてみたいと考えているが、民間でやるからにはなんらかのスポンサーシップや経済的にも運営可能な仕組みを内蔵しなければならないので苦慮中である。これはと思う方の応援を期待している次第である。

2009年08月17日

【代表主侍医のつぶやき】2009/8

主侍医通信 2009年8月号(第113号)より
【代表主侍医のつぶやき】

すっきりしない天候が続いていますが、みなさまお元気でしょうか?今年は、例年と比較して主侍医倶楽部のメンバーの方や私個人の友人、知人の方の病気や怪我などのご相談が多いようです。いつも不思議に感じるのですが、ある病気の相談が発生すると、同じ病気についての相談が重なってあることが多いのです。とても科学的な話しでなく一笑に付されそうですが、運命の巡り合わせを感じます。私どもが、相談を受ける時は、ほとんど喜ばしくないことが発生している訳ですが、唯一、嬉しい相談があります。お産の相談です。今年は、お孫さんなどのお産の相談も多く、その病院選定紹介でお役に立てたことは嬉しく思っています。また、スタッフドクターの石澤医師や笹部医師が活躍してくれているお陰もあり、私どものメインの主侍医サービス業務である「医療判断助言とサポート」へのご紹介クライアントが増えています。また、その結果、主侍医倶楽部へのご入会の方が続き、日本で唯一ともいえる本格的な「プライベイトドクター業務」のご賛同者が、少しずつでありますが増えてきたことを喜んでおります。各分野で活躍されている方には、是非プライベイトドクターを持ってほしいと思っています。相応しい方がいらっしゃいましたら是非ご紹介下さい。9月から定例で、主侍医サービスと主侍医倶楽部の説明会を開きますので、こちらへのご参加のご紹介を頂ければ幸甚でございます。新型インフルエンザに関して、ひとこと私見をお話します。一般向け医療社向けに関わらず、楽観論、悲観論が交錯しています。よく、「先生はどうお考えですか?」と聞かれます。「人事を尽くして天命に対処する、のがいいのではないですか?」と答えています。最近の感染状況をみると、今年の冬の流行はとても心配です。学校閉鎖やマスク着用などを神経質に行い過ぎと批判もされましたが、そのお陰で日本はアメリカや他のアジアに比べて、今までは大流行を免れたのかもしれません。タミフルの備蓄も世界的にみて、日本は進んでいるようです。はっきりした新型インフルエンザの発症では、各病院でタミフルの処方は可能だと思われます。しかし、身近に発症者が出た時に、予防的に服用するタミフルの備蓄が必要かと考えています。クリニックでは、まだ、若干の余裕がありますので、お問い合わせ下さい。

2009年05月31日

【代表主侍医のつぶやき】2009/5

主侍医通信 2009年5月号(第112号)より
【代表主侍医のつぶやき】

100年に一度の不況と言われる時に「新型インフルエンザ」の脅威が襲ってきました。大地震が起きた地域に豪雨も襲うことなどもしばしばなように、まさに「泣き面に蜂」ですが、皆様おかわりございませんでしょうか。前号でも書きましたが、今回の不況は我々経済先進国が心の後退国でもあったことに気付くチャンスを与えてくれたのかもしれません。同様に「豚インフルエンザ」は、毒性の強い「鳥インフルエンザ」やその他の感染性の重大な病気の流行に備える予行演習として、神が試練を与えたもうたのかと私は考えています。「騒ぎ過ぎだ」とか「無防備すぎる」だとか、いろいろと論議されています。しかし、もう一度、社会問題としての健康被害について再認識する必要があると思っています。今回のインフルエンザがもっと毒性が強ければどうなっていたのかと思うとぞっとします。どの程度のプロテクションになるのかは、まだまだ未知な部分が多いですが、健康に真摯に取り組んでいるメンバーの皆様のために、タミフルの備蓄処方を出来るように努力いたしました。事務局からのお知らせをお読み下さい。主侍医を持つこと自体、日常の安心とリスクヘッジです。そして、せっかく主侍医がいるのだから、最低でも2、3ヶ月に一度は、健康チェック面談にお越し下さい。簡単な血液検査でも、定期的に行っていると随分違うものです。最近、メンバーの皆様から「医療判断助言」のためのクライアントの方のご紹介が多くなっております。簡単な問題では我々のところに来られることはまずありません。丁寧に時間をかけた面談と、他の専門医との楽屋裏でのやり取りが必要な内容がほとんどです。そのようなクライアントの方に、我々はスタッフ一丸となってお役に立てるよう「医療判断外来&サポート」という一案件ごとのサービスを提供しています。特に複雑で不安要素が強い場合は「一時的主侍医」という期間限定の主侍医サービスを提供しています。こちらは最大3ヶ月間ですが、その間は「救急主侍医ホットライン」も利用できますの、24時間医師と直接電話でき、とても安心です。生活習慣病などの外来を、完全予約でゆったりと受けたい方のご紹介も歓迎しています。後輩の石澤ドクターと笹部ドクターがお待ちしています。有料予約制が基本ですので、最大でも1時間に4名までのゆったり診療です。登録ゲストの方には割引もありますし、勿論メンバーの方は予約料不要ですので、生活習慣病やメタボの管理は、付属のクリニックでお受け下さい。そうすることにより日常の血液データなどが、当院の電子カルテに収納され、経時的変化が分かりやすくなります。 他の病院などと違って、とてもコンパクトで家庭的ですので、少しの時間で採血などもできますし、時間をお約束頂ければ、ほとんどお待ち頂くことなく我々ドクターとも医療面談できますので、お気軽にお寄り頂ければ嬉しく存じます。

2009年02月01日

【代表主侍医のつぶやき】2009/2

主侍医通信 2009年2月晩冬号(第111号)より
【代表主侍医のつぶやき】

平成21年、西暦では2009年と暦上は節目となる年ではありませんが、今年は新しい時代への幕開けの準備段階のような年であると私は思っています。100年に一度と言われる不景気の波、黒人初めての大統領オバマ氏の誕生など、少なくとも私が生きてきた半世紀を振り返ってみると、オペラでいうところの大きな一幕が閉じて、二幕めの序奏曲が始まったように感じています。ここ数年、私のテーマとして「命よりこころ」を掲げています。矛盾しているように思われるかもしれませんが、そういった心構えで「命の尊さ」を感じながら仕事をしています。
そんな中、オバマ大統領の就任演説には、大変心を打たれ共感しました。多分に哲学的なところが多く、具体的な内容が少ないとの批評もあるかもしれませんが、何事を行うにしても基本的でしっかりした理念が必要だと私は思っています。決して、人民をムードであおるような演説ぶりでもなく、こころに静かに響く演説でした。そのお陰で、市場原理主義、一国正義大国主義、マスコミ最強主義、セレブ崇拝主義など日本へ悪影響を及ぼし続けたと過度なアメリカ嫌い(アメリカ人個人は好きな人も多く、ハリウッド映画もフランス映画より好きですが)の私も、アメリカは変わるかもしれないと思いました。「仕事より娯楽を好み、富や名声の悦楽だけを求めるような小心者ではなく、リスクを恐れず、実行し、生産する者がアメリカを支えてきた。有名になった(セレブ)ものもいたが、多くは目立たない労働者がアメリカを支えてきた」という下りに、特に共感しました。私がライフワークと考えている「スーパー医局」プロジェクトは、決して個人的な英雄医師による「ゴッドハンド」を育てるのではなく、模範となる医師の集団により次の世代へメッセージを送る必要性に迫られたから生まれました。スーパー医局活動には数々の困難やリスクが待ち構えています。富を生むどころか、運営を続けられる仕組みを作るだけでも精一杯でしょう。それにこの活動自体が舞台裏活動です。今回の大統領演説で、二の足を踏んでいた私の背中を押された気分です。苦しく辛い時代の幕開けは、新しい希望に満ちた時代をもう一度作り直す序章にもなることを願って年頭のご挨拶に代えさせていただきます。

2008年12月01日

【代表主侍医のつぶやき】2008/12

主侍医通信 2008年12月晩秋号(第110号)より
【代表主侍医のつぶやき】

東大医学部の全卒業生の同窓会のことを「鉄門倶楽部」と呼んでいます。その組織の10名程度の理事の末端に加わり10年くらいになります。会頭は現職の医学部長が就任し、年に数回の理事会と1回の総会があります。こちらは随分堅苦しい会なのですが、数年前から東大医学部同窓のゴルフ交流会の常任幹事も務めています。50年以上も続いている伝統ある交流会で、初代幹事が清水健太郎(故人)という日本の脳外科の創始者みたいな方でした。それほどの歴史あるゴルフ交流会なのですが、現在もご出席の顔ぶれは医学界では、そうそうたるもので、ここで万一の事故があると日本の医療の未来にも影響するのではと、幹事としてはいつもびくびくしています。
ゴルフという自由な遊びの中で、先輩や後輩達と交流していて常に思うことは、「同窓のみんなは医療に対してなんと真摯な姿勢で日々の活動をしているんだろう」と感服することです。よくゴルフをしていると「仕事をしていないね」などと言われるのですが、彼らを拝見していると「出来る人は何に対しても熱心だ」と当然のごとく思います。これはゴルフに限らず何についてもそうですね。
一般に、東大卒の人は、あまり群れることがなく、他の大学に比べて母校愛も少ないとよく言われます。同窓生と話しても「そうだね」と異論をあまり聞きません。
僕は実のところ、関西人のまま一生を過ごそうと高校半ばまで真剣に思っていたのです。実際大学願書を出したのは、後にも先にも京大と東大のふたつだけでした。結局東京に来てしまいましたが、今では東大で学んで本当によかったと思っています。その最大の理由(といっても皮肉にも唯一と言ってもいいのですが)は、同窓仲間です。主侍医稼業にとって優秀な専門医人脈は必須です。同窓仲間では、人間性重視で仕事仲間を選べば、ほぼ間違いないということに気がつきました。優秀であるかどうかは気にかけなくていいのです。同級生や先輩後輩を見渡すとさすがに俊才奇才が揃っています。しかし性格がいいかどうかは(皆さんも指摘するように)別です。そんな優秀な人が、人間性が真っ当であれば、医師として恥じない勉強やトレーニングをしているはずだから、大切な患者さんを託して間違いのない医師であることになります。僕は、医師評価の方法論として、一般に言われているような、患者評価、医師評価、その他の医療スタッフ評価、マスコミ評価に加えて、同窓同級生評価を主軸にしている所以です。誤解を避けるため断っておきたいのですが、逆は必ずしも真ならずで、優秀で人間性のある医師は全国どこにでもいます。たまたま僕は身近なところでコネクションを築いているだけなのです。
実は、7、8年前までは、ごく親しい医師仲間との交遊以外、僕は医師の集まるゴルフコンペにはあまり参加していませんでした。休日は、医療関係者以外の交流を深める時間としたいと思っていたからです。そのかわり、いろいろな病院の勉強会などに積極的に参加したり、先輩諸氏の勤める病院へ表敬訪問をしたり、医学書の共同執筆をさせていただいたりして, 専門医とのコネクション創りに力を入れてきました。その集大成をTerra Doctor Connections&Allianceと呼んでいます。ただの情報やネットワークではなく、直接的人間関係があるので「Connections」と呼び、患者さんの受け入れをお願いして了解頂いているので「Alliance」と呼んでいます。そんな「Connection」を固めるための一つの場としてもゴルフ交流をとても重宝しています。ゴルフ以外では、なかなか一日一緒に過ごす機会はありません。本音を聞けたり、無理を頼める仲が生まれていきます。
読者の皆様に伝えておきたいのですが、使命感に燃えて、きちんと任務を遂行しているまともな医者はたくさんいます。東大、京大、慶應をはじめとする最高学府出身の医師は、時に傲慢で生意気と思われがちですが、僕の狭い範囲の交流体験では意外と謙虚でかつ自信に満ちた愛すべき人たちが多いのです。「傲慢」と決めつけないで、暖かく真摯な目で見守ってほしいと願っています。母校や教鞭をとった大学に比べて他大学出身の医師にお会いできる機会は少ないのですが、それでも僕は他大学出身の医師達とも交流が深い方だと自負しています。概して本当に優秀な人程謙虚で使命感に熱いと日頃から感じております。
日本の医療を支えるために、使命感に燃えた医師にエールを送ってほしいと願っています。

 

2007年12月13日

私を救う医者はどこ?

この「医療判断医物語」で書こうと思っていた、日頃の活動を、ドラマ仕立てのフィクションにした13の物語を集英社から文庫本にて12月14日に発刊しました。

3人の架空の医師を登場させた物語です。
面白く読んでいただくうちに主立った病気のことやその時の医療判断のことが理解できるようになっています。主に患者と医師の心理面を重点に描きました。

予定の字数を超えて、文字が多いですが、ミニ小説と考えていただければ、読みやすい方だと思います。皆様のご感想をお聞かせください。