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2003年3月

医療判断は手間を惜しんではいけない

カルテの余白

カルテの余白 ⑦

医療判断は手間を惜しんではいけない

土曜朝刊(P.25医療)

2003.3

朝日新聞 掲載


主侍医」契約を結んでいるAさんからこんな相談を受けた。
弟さんが肝臓がんで、大学病院に入院していた。
「担当医に数ヶ月で危ないと言われた。何とかならないだろうか。」
とても難しい内容だ。
私たち医療判断医は患者さんが一番いい選択ができるよう、水先案内するのが役目だ。しかし、いい手立てが思いつかず、悩んでしまうことだって少なくない。
肝臓がんの専門家で、手術の腕もよいと評判のK医師を招いて弟さんと面談した。弟さんには検査結果を持参してもらい、家族も加わった。
がんは肝臓近くの門脈という部分に接し、手術が難しいタイプという。2時間に及んだ話し合いの最後に、K医師はこう尋ねた。
「放置したら、担当医が言うように確実に近い将来、致命的になるでしょう。50%以上の勝算があれば手術をしますか。」
「一度はあきらめた命。兄が信頼する医師が推薦する専門医が引き受けてくれるなら。」
弟さんは大きな決断をした。私もその覚悟に緊張する。
後日、K医師からうれしい連絡が入った。
「手術ではなく、がんにいく血管を詰まらせてがんを小さくする塞栓そくせん術がうまくいった。経過も良好。」
思ったよりがんは門脈から離れていたという。手術は無理だとあきらめていたらやはり数ヶ月の命だっただろう。
命を左右する重大な決断には手間を惜しまず検討を重ねることがいかに大切か。
当たり前のようだが、医療現場の多くでは、それほど丁寧に考えられていないのが実情だ。
私たちはこのモデルを作ろうと手探りを続けているが、個人の力では限界がある。システムとしてぜひ、国が考えて欲しい。

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