2003年6月

一生懸命足るを知る② 愛着と執着の紙一重分析

 

2003.5~2004.4

一生懸命足るを知る② 愛着と執着の紙一重分析

ばんぶう

2003.6

日本医療企画


物事に「こだわり」は大切である。

「シェフのこだわりの一品」と聞くと、お腹がグーとくるし、著名な作家のこだわりの万年筆や原稿用紙と聞くと、あやかりたいものと飛びついて買ってしまうのは私だけではないであろう。

私は、車好きである。長年乗っていると、愛着が湧いてくる。 たとえ、次にほしい車がでてきても、今の車を下取りに出すのは忍びない。という理由で、いつのまにか車の保有台数は増えてしまう。「何か愛着の持てるものを大事にすることはストレス解消になるから」。これは妻への言い訳用に考えたのだが、実際そのとおりであろう。しかし、他人から見ると「車所有への執着」と非難されるかもしれない。確かに、愛着と執着の差は非常に主観的なものだ。しかし、その両者には厳然たる相違があることは万人も認めるところであるが、時として、自分自身で混乱を招く場合も多く、ましてやその違いを簡単には説明できない。愛着の根底には「愛」があり、執着の基盤には「欲」があるということが根本的な違いだと、私は考えている。人間は誰でも自分を肯定的に考えたいものである。自己否定的に考える状態は、「うつ病」という病名がつくぐらいである。だから、傍目にはどんなに欲にくらんでいるように見えても「自分にとっては愛着」と思いたくなるのが人間の悲しい性である。

  「一生懸命足るを知る」理論からいけば、「愛着は大切にし、執着からは解放される」ことが楽に生きる方法と考える。「愛着には愛、執着には欲」という自己分析のための公式に加えて、「愛着を持てる対象には限りがあり、執着の対象には際限がない」という公式を提案したい。こうして、私の車について自己分析してみると、それぞれの車には思い出も深く愛情を持っているし、愛着を持てる車の数の限界も、少なくとも片手で十分に数えられるというぐらいの良識は持っているから、「愛着」なのだ、と断定したい、ねえ、奥様‥‥。

2003年6月

ストレス社会と心の主侍医

表紙

メンタルヘルスマネジメント

ストレス社会と心の主侍医

企業診断 no.6

2003.6

同友館


癌より怖い心の病気1

「見た目は健康,でも心はポロポロ」「ぼろは着てても心は錦」どちらがよいか,簡単な問題のようであるが難しい問題でもある。私は映画鑑賞が趣味の1つであり,映画の中の,気の利いた台詞が特に好きである。「セント・オブ・ウーマン」というアル・パチーノが主役の退役軍人を演じる映画のなかで,彼が次のように語る。
「私は軍の指揮官として,多くの若者が戦闘で手や足を失うのを目の当たりに見て,戦争の悲惨さを思い知らされた。しかし,もっと悲惨なことがあることを知った。若者たちがそれをなくしてもっとみじめな姿になるものがあることに気づいた。それは『人間としての心』である。戦争のため心が破壊され,失っていく若者を見ることが一番辛かった。手には義手,足には義足がつけられるが,なくした心に義手や義足のようなものはない」
うろ覚えであるが,このような内容であった。
この話は,メンタルヘルスの重大さを端的に物語っている。私の医学事務所は,次の項でお話しする「主侍医」として,企業の経営者や社員の健康危機管理を受託することを主な職務としている。
その経験のなかで,最も多く相談を受けるのが「癌の治療」についてと「心の問題」についてである。癌の治療についての相談の場合,日本の高水準の診断や治療を受けられるよう,さまざまな医療決断の支援をし,最善の専門医を探し出し,紹介することに関して,われわれの事務所では比較的安定して提供できるに至っている。
問題は,「心のトラブル」に対する処方箋である。
こちらは,事務所の19年間の活動の蓄積をもってしても,なかなか困難な作業である。ケースごとに,オーダーメイド的に対策を考えているのが実情である。
職場のメンタルヘルスがなぜ問題になるのか。
その大きな理由はいくつかある。1つは,心の病気は,体の病気のように目に見えたり,検査データに現れたりしないから,自分で気づくのも遅く,周囲の理解も得にくいということである。もう1つは,体の健康よりもさらにプライバシーや人事などへの警戒感を抱くことが多く,社内の福利としての相談体制では対処できない傾向にあるということである。
それに加えて,気軽にかつ適切に治療が行える医療機関が少なく,そういった医療機関へのアクセスのための情報が一般人にはさらに入手が困難である。これらのことが,職場のメンタルヘルスの管理をより難しいものにさせている。
たとえば,ある職場で,1人の社員が「癌」に罹患し,その治療のためしばらく休み,その後職場復帰するという状況と,社員が1人うつ病を抱えながらなんとか出社しているという状況を比較してほしい。その職場の生産性や快適性はまだ,前者のほうが被害は少ないだろうことは想像がつくであろう。癌の場合は,残りの社員は「彼(彼女)の分まで頑張ろう。復帰したら,彼(彼女)があまり無理をしないでよいように体制を考えてあげよう」ということになり,なんとか生産性を落とさずに乗り切れる。
しかし,うつ病の場合,病気自体の周囲の人による理解も難しいから「彼(彼女)は,怠けているのか,やる気がないのかなあ」「病気だとしたら,どのように対処したらよいのかなあ」などと周囲も悩むし,時には周囲の人間もつられて精神的に落ち込む場合がある。うつ病は風邪引きのように流行(うつ)るものだ,とよくいわれるゆえんである。

主侍医」つてなんですか?2

「医療の新しい仕組み作りの提案と実践を通じて,医療の品質の向上に貢献する」ことを目的に,1984年に私が医学部時代の同級生たち十数名と立ち上げた事務所が,トータルメディカルシステムズ(現寺下医学事務所)である。最初の数年間は,主にハイテクを使った医療システムの開発と医師人事を中心にした医局システムの改革,先端医療モデル病院設立構想が3本の柱であった。この頃より,電子カルテや全国の医師間コンピュータネットワーク,民間医局としての医師派遣業務などを開発してきた。

今から思えば,事業として考えると,随分時期尚早な試みだったと多少の反省をしている。そういった開発をしていくなかで「安心できる医療」を追求すると,「昔ながらのお医者さん」がキーワードであることに気づいた。多くの人が「昔のお医者さんは往診もしてくれたし,家族のこともわかってくれていたし・…‥」というからだ。

でも,そんなことをいうかと思えば,かたや,いざ病気になると「大きな病院が安心」と大病院へ足を運んだあげく「3時間待たされた」「若い先生で頼りなかった」「いつもドクターが変わる」「威張った態度の医者だった」「検査,検査で,結果は,はい,1カ月後」などと不満,不安を聞かされる羽目になる。

医学の進歩に伴い,昔のような「なんでも診られる医師」という要求は,はっきりいって不可能に近い。医学が進歩したということは,当然,専門分化が進むという現象を伴う。科学としての医学なら仕方のないことだが,実際の医療の現場ではこの専門分化が曲者になる。せっかくの進歩が一般の人には享受できない現象が生じることになる。医学は着実に進歩しているのに,実際の医療現場では不安が一杯,ということになっている。

この現象を音楽にたとえると,昔の医療は「室内楽」であったが,現在は「交響楽」になったということになる。室内楽では演奏者が少人数であるから,指揮者役は,なにかの演奏をする人がかけもつことができる。しかし,交響楽のように大人数になると全体をまとめる専門家である指揮者が演奏者とは別途に必要になる。このように考えると,そういった指揮者的専門家が現在の医療の世界では必要になることが理解できよう。

そこで,注目したのが皇族の侍医のシステムである。天皇家には5名の侍医が常時所属している。もちろん,健康なときからである。健康なときから,体調などを側でみておくと,いぎ病気になったときに,より適切な対応が可能だ。昔の御典医も同様である。私自身が,医療を受ける立場になって,どんな医師を身近におきたいか考えてみた。

「そうだ,健康なときから,弁護士や会計士などのように,医師に相談役として側近にいてもらうと,普段の健康管理のみならず,大きな病気のときにより早く適切な診断と治療を受けられるよう水先案内をしてくれる。なにより安心だ。健康なときからそんな医師と契約するのだから,病気になってから弱い立場で初めて出会うのではなく,より対等に近い立場で出会うことになる」と考えた。病気の治療を担当するのが主治医だから,健康なときからそばにいるという意味で「主侍医」と名づけた。

今度は,医者の立場で考えると,この主侍医のシステムを維持するには,恐ろしいほど手間ひまがかかる。単なる「総合診療外来」なら,今までの内科医としての延長線上で何とかできるが,主侍医となると,もっと幅広い医療知識に加え,病気や患者の状況,医師の能力などを見立てる力と,多くの専門医との生きた人脈が不可欠である。それらをキープしていくためには,楽屋裏の活動として相当なことが要求されるが,楽屋裏の仕事は目に見えにくいから評価されにくい。

こういったサービスを国からの補助を一切受けずにわれわれ民間の事務所が続けていくには,それなりのコストをクライアントに負担していただかなくてはならない。車作りにたとえるなら,手作りのスーパーカー工房ということになる。そこで,クライアントは法人のみとして,契約の種類は,経営者の健康危機管理を引き受ける経営者契約と,制限付きではあるが社員の健康管理まで含める法人契約の2種類に限定している。

業績のよい企業で,その経営者がその企業の屋台骨になっていて,経営者の健康危機管理をすることがその会社の危機管理に直結することが自他ともに明らかで,かつその経営者が理解を示してくれる,という三つの条件が揃ったとき,初めてわれわれと契約していただけることになる。

主侍医」はどんな医者?3

では,医者であればだれでも主侍医になれるか,というとそうはいかない。主侍医の専門医の研修コースなどまだ存在しない。さまぎまな病気の初期判断ができて,適切な専門医へ紹介できる人脈を有していることが条件になる。言葉でいえば簡単だが,これを,個人の医師が十分にこなすことは並人抵ではない。

まず私自身が見本になろうと,幅広い医学知識と技術を習得し,各科にわたる専門医人脈を構築してきた。具体的には脳神経系,循環器系,消化器系の基本的な臨床訓練を受けて,心療内科的診察法を体験学習し,専門医人脈を築くために1,000名以上に及ぶ医師と実際に交流した。そして,クライアント第1号には友人でもある経営コンサルタントのSさんが名乗りをあげてくれた。それ以降,まったくの口コミで50件余りの契約数を平均して維持している。法人契約も含めると,担当クライアント数は100名くらいになる。

そして待望のスタッフ主侍医第1号として,卒後10年になる渡邉医師が3年前より私の片腕として活動しながら,医療判断医としてのトレーニングを積み,主侍医活動も本格化することになった。

「心の主侍医」の必要性4

13年間に及ぶ主侍医活動の体験のなかで,わかったことは,クライアントの相談事は「身体のサポート半分,心のサポート半分」ということである。

私の最初の予想では,身体の相談が9割,心の相談が1割くらいの配分ぐらいだろう,と思っていた。何といっても通常の医療では,心のサポートなどゼロに等しいのだから,それでも主侍医は心のケアを重視しているということになると考えていた。

ところが,いざ,蓋を開けてみたら,冒頭のごとくである。主侍医の主な仕事は,クライアントが重大な病気になったとき,何科にかかればよいか,具体的にどの専門医がよいのか,いくつかある治療法のうちどれを選択すべきかなど,医療のさまざまな決断場面において100%クライアント側に立ち支援することである。そのときの判断基準として「医学的根拠」「心理学的情況」「社会学的背景」の3つを徹底的に考慮する。一言でいえば,不安を安心に変尤るお手伝いをすることになる。

クライアントは癌などを中心にした身体の重大な病気を心配し,それらに備えることを主にイメージして,われわれと契約をする。しかし,実際には,日常のちょっとした医療問題の相談に加え,自分の健康に対する不安や,会社経営上の不安や,家族や社員との人間関係の不安などについての相談が圧倒的に多くなるのである。クライアントにとって,こういった不安を少し抱いたとき,遠慮なく相談できる専門家が身近にいることは,筆舌に尽くしがたいほど安心なことである。もちろん,このことが病気の早期発見にもつながる。

先ほど,癌と心の病気を対比したが,実はこの2つはとてもよく似ている。どちらの病気にとっても,早期発見は重要であるが,病気の初期は症状が少ないために,相当意識しないと早期発見が困難である。どちらの病気も会社に知られたくない,忙しくて検査する暇がないという気分になりやすい。しかし,発見が遅れるほど治療が困難になるし,合併症も増えてくる。職場復帰のタイミングが難しく,再発も心配される。以上のように癌と心の病気の間には共通点が多い。では,解決方法は何か。おのずと次のような答えが出てくる。

  • 気軽に検査や相談がきる窓ロを作る。
  • プライバシーに配慮する。
  • 自己チェックができる方法があれば,その活用を促せる。
  • 病気と判明したら会社の組織とは関係の少ない医療機関で治療が継続できる体制を準備する。
  • 予防的行動を周知させる。
心の病気のワクチン5

「仕事が忙しすぎたり,人間関係に疲れたりでストレスがたまっています」という状況と「うつ病の初期」とは小さくて大きな違いがある。前者から後者へ移行していくことは十分考えられる。しかし,前者の段階なら簡単な気分転換で解消してしまうことも多い。この時点で,各人がストレス過多状態を自己認識し,なんらかのストレス発散法を行うことである。インフルエンザ予防のための「手洗い,うがいの励行」とよく似ている。ストレス発散法としては,スポーツでもよいし,カラオケでもよい,各自に合った方法を持っておくことである。

では,インフルエンザの場合のワクチンにあたるものはないであろうか。私は「認知心理学」の応用をお勧めしようと考えている。うつ病や神経症の治療には,薬物療法と広い意味での精神療法がある。後者のなかに,精神分析療法,カウンセリング,森田療法,行動療法,認知療法などがある。私の診療では,最後に挙げた「認知療法」を実践しているが,この認知療法を応用することにより,うつ病や神経症のワクチン代わりになるのではと思いついた。

認知療法の詳細は,専門書に譲るが,ここでは,簡単に説明する。認知とは,各人独自のものの考え方や判断の仕方であり,今まで各人が生きてきた過程で作られている。自己判断のための一種のパターン認識システムが構築されているといってもよいであろう。もともとこの認知のシステムにゆがみがあると,本格的なうつ病や神経症になる。

普段は正常に認知システムが作動していても,ストレスが多くなると,この認知システムにゆがみが生じる。必要以上に悲観的に考えてしまったり.発想が狭くなったり,取り越し苦労をしたり,同じことを何度も考えたり,いつもは持っている自信をなくしたりする。

そうなると,さらに,気分が落ち込み悲観的になり,行動も極度に消極的になるという悪循環に陥り,うつ病や神経症になってしまう。認知療法とは,こういった脳の中のメカニズムを理性において認識し,認知のゆがみを矯正していこうという考えであり,今 もっとも新しい精神療法といわれているものである。 悪循環を招く思い込みを冷静に自覚し、理性的な思考パターンを自分自身に言い聞かせ説得する」という「心と頭脳のストレッチトレーニング」である。

われわれの認知療法の経験では,一度 うつ病になったとしても,認知療法をきちんと受け治癒した人から,「病気以前より,しっかりとした思考を持ち,生き甲斐を見つけられるようになった」と喜ばれることが多い。

この認知療法の最大の欠点は,とても手間がかかるということで,日本の保険医療ではほとんど実施が不可能に近いことである。臨床心理士と医師が手を組んで治療にあたるシステムがあまり実存せず,論理はあるが実践的にはなかなか受けることが難しいというのが日本の認知療法の現状である。かといって,うつ病や神経症になってから,自己の素人判断で認知療法を行うことは困難だし,時には危険が伴う。

そこで,私は 心の病気になる前に,認知療法の自己学習をすることを勧めているわけである。

自己学習のための本は,いくつか出ている。私の事務所でも,教材を開発中である。

心の病気の早期発見6

心の病気は癌と同じように早期発見が大切だと私は力説しているし,多くの専門家も同意見であろう。しかし,具体的な方法論がないというのもこれまた実情である。私たちは,別の項の執筆者でもある野村忍医師(現早大人間科学部教授,元東大医学部心療内科助教授)らとともに,ストレス自己チェックシステム「MIST」を開発した。 企業単位で採用し,個人単位でプライバシーを守りながら,自己チェックができるシステムである。 別項での野村医師の説明を参考に,ぜひ,利用していただきたいシステムである。

こういったシステムが入手できない人のために,いくつかのコツを教えよう。

  • 寝つきが悪くなったり、中途覚醒が頻繁になるなどの睡眠障害が数日続く。
  • 悲観的な考えが,何度も頭に浮かんでしまう。
  • 悪夢が多い。
  •  
  • 電車や飛行機に乗るのが不安になった。
  • 会社を休みたいと何度も思う。
  • 好きな食べ物も美味しく感じない。
  • いつもイライラしている。
  • 酒やタバコの量が多くなった。
  • なんとなく不安である。
  • 友人に会うのが億劫になった。

以上の10個のうち,2個でも当てはまるようになったら要注意である。

ストレス解消法を試して,変化がなければ精神科医か心療内科医と相談してみよう。

3個以上当てはまれば,すぐにでも専門医を訪ねるべきであろう。

2003年6月

テーラーメイド治療を実現する『医療判断医』

表紙

自分にとって最善の医療を実現してくれる「主待医」

テーラーメイド治療を実現する『医療判断医』

花かすみとけい

2003.6.1

八峰出版


普段から自分の健康を相談できるプライベートドクター

自分の病気にはどの医療施設や医師が適切なのだろうか。また、自分の健康状態をじっくり相談できる医師がいたなら、どんなにか心強いことだろう。

そんな願いを実現してくれる医師、それが医療判断医であり、「主治医」ならぬ「主侍医」というプライベートドクターです。

では、どういったことを行っているのでしょうか。

医療がオーケストラなら、医療判断医は指揮者の役目

医療判断医‥。
聞き慣れない言葉ですが、これは寺下謙三先生の肩書きの一つ。患者が最善の医療を選べるよう支援することを役目とした医師だそうです。
患者の症状から、どの専門外来を受診したらいいのか。それが、がんであるなら、薬を使う治療がいいのか、それとも外科手術の方が適切なのか。また、手術を行うのであれば、臓器をすべて摘出するのか、がんを中心に切るのか。あるいは東洋医学でいくのか‥。
当事者でなければ計り知れないような苦悩を抱えて決断に迷う患者やその家族に対し、医療判断医として先生はより適切な医療機関や医師、治療法などをアドバイスしておられます。
内科医は最善の薬物治療に専念し、外科医は最善の外科治療を目指すことが多いもの。しかし、知人の紹介や評判を頼りに、意を決して出向いた先の担当医の説明が、決して十分とは思えない場合もあるでしょう。「患者さんの心の変化、職業や家族、信仰している宗教にまで配慮しなければ、本当の意味での治療計画は立てられません」とも。心のケアから生活面でのアドバイスやサポートまで、医療判断医・寺下先生が行っておられることは、これまで患者が切に望んでいたことそのものだといえます。
先生は、「医療をオーケストラに例えるなら、医療判断医は指揮者役だ」といわれます。先生が、さる高名な指揮者のご令嬢から聞かれたというエピソードです。
「演奏会で停電になったんです。どうなるか、ひやひや。でも、演奏はそのまま。これって、指揮者は要らないっていうこと? 電気がつくと、父はいつも通り指揮棒を振り続け、演奏者もみんな楽器を奏でていました」
どんなときでも揺るぐことのない、患者と医師の信頼関係。医療分野に指揮者役の輪を広げよう!。先生はそのとき、そう心に誓ったそうです。

常にそばにいて医療を支援 顧問弁護士的な主侍医の役

一般に治療を担当する医師を「主治医」と呼びますが、これに対し医療判断医・寺下先生の場合は 「主侍医」、すなわちプライベートドクター。先生が考えられた造語ですが、健康なときから常に患者の傍らにいてサポートするという意味なのだそうです。
寺下先生は13年前から自由診療を全面的に取り入れ、健康なときから何でも相談できるこの、主侍医制度に取り組んでおられます。
慶応大学医学部でも「医療判断学」というテーマで講義をもち、それも7年になります。
「あなた方はがんの専門医。担当する40代の患者は、余命1年以内の末期がん。強力な抗がん剤Aが開発され、がんを80%完治させます。しかし副作用も強烈で5%は1時間以内に死亡。残りは変化なし。ほかに治療法がないとしたら、Aを使いますか?」
というように学生に仮想体験をしてもらうと、同じ6年間、医学を学んだ学生たちでも、まちまちの判断をするそうです。さらに患者が親だったなら、患者が自分だったなら‥と質問を変えていくと、その判断もさらに異なったものになっていくということです。
「6年間医学を学んでも、長年医師の経験を積んでも、この判断の不確実さは常に医療につきまとってきます」
だからこそ、「医療判断学」という学問を早期に確立させ、日本の医療の未来にささやかながらも意味深い頁献ができればとも考えているのだそうです。
主侍医とは、分かりやすく言えば「顧問弁護士のような存在」だと寺下先生。まだまだ実験的な側面もある活動だそうですが、「主侍医の役割を顧問弁護士のような契約で」というスローガンもロコミで広がって、契約は50以上にもなっています。
主侍医は単に治療や処置を施す医者という存在ではありません。普段から自分の健康に対する不安を相談し、いざ病気になった際には適切な医療をアドバイスしてくれ、必要なら優秀な専門医への橋渡しを行ってくれるのが主侍医だと寺下先生はおっしゃられます。

患者と医師は信頼関係で個々に応じたテーラーメイド治療を実現

「最期の最後まで治療を続けよう」
「いや、もう苦しませずに逝かせてあげよう」

26年前のことだそうです。寺下先生は兄弟4人でこんな会話を交わしたそうです。
先生のお母さんが劇症肝炎を患い、可能な限りの手だてを尽くしても回復が難しい状況だったといいます。2人の兄は医師になって6年目と2年目。先生ご自身は医学部の6年生で、弟は医学部1年生でした。そのとき、先生と長男は「最後まで治療を続ける」という意見、次男と弟は「苦しませずに逝かせてあげよう」というお考えだったそうです。結局、最後まで徹底した治療を続けることになりましたが、無念にも数日後にお母さんは他界されてしまったのでした。
その後先生は医師となり、治療の現場で大きな決断を迫られる度に、当時のそのときの会話を思い出されるそうです。どちらの選択が正解だったのか、いま振り返っても結論はつかないといいます。
「医師といえども自分の家族の治療は難しい」とはよく語られる言葉ですが、医師の判断と家族としての判断は、ときとして異なる結果になることも多いからです。

最近、EBM(Evidence Based Medicine)という考えが普及してきました。これは科学的な根拠に基づいて医療を進める、確率論的な判断方法です。確かにこれも大切なことでしょうが、実際の治療の現場では、そうした判断を単純に下せないことも多くあると聞きます。
「どうしたら、プロとして最善の支援ができるのか、日々、模索を続けているんです」
EBMが世界的に広がり始めたのは、90年代後半からといわれています。手術なのか、薬による治療なのか。薬ならAが適切なのか、それともBか、あるいは東洋医学は‥。
患者の治療法を選ぶには、これまでは医師個人や医療チームに蓄積された経験やノウハウに頼ることが多かったようです。
EBMは、それが本当に最善の選択であるかどうかの客観的判断基準として、いくつもの医学論文を統計的に分析し、そこから信頼度を割り出したものを使ってみてはどうかという試みです。しかし、実際の現場では教科書的な理屈だけでは患者さんの望む最善の医療にはなり得ないところが医療判断の難しいところです。
そこで私達は、科学的根拠(EBM)の比重を6割として経済的な事情や仕事との兼ね合いといった“社会的背景” 2割、治療への不安や精神的負担等の“心理学的情況”2割、を配慮した医療判断学を提唱し、一人ひとりに応じたテーラーメイド治療の実現を試みています。

免疫療法で変革されるか・・・がん治療へのさらに多くの可能性

今日、アメリカなどでは東洋医学の見直しや民間医療の再認知の一環として、代替医療の研究に対しても国の医療機関が本腰を入れ始めています。日本でも、検査漬けや薬漬け医療への批判という形で、同様の現象が現れています。
例えば、がんの診断や治療に関して、がん検診の有用性や抗がん剤の是非など、いま日本ではさまざまな論議が巻き起こっています。
がんの治療には現在、化学療法、いわゆる抗がん剤や放射線治療、手術療法、免疫療法などがあります。そのなかの免疫療法が今日、最も注目されている治療法といえます。つまり、人間が本来持っている自己防衛機構を何らかの方法で賦活させ、がんを治療し、あるいは予防しようとする試みです。
厚生労働省が医薬品としてしたもののなかにも、例えばキノコ類から摘出した物質がいくつもありますし、そうした類の健康食品の免疫賦活作用についても様々な機関が研究しています。例えば、アガリクスなどのキノコ類の食効を期待して、自分自身も使用している医師も多いようです。しかしその実、家族や親友には勧めることができても、一般の患者には誤解を生む可能性があるので推奨はできない、といったところが大方の見解ではないでしょうか。
「しかし、効果があったという複数の報告を見るにいたり、何とかしてきちんとデータを取って、正確な情報を提供できるように、専門医のネットワークなども作りたい」
誰もが客観的情報を知るチャンスを与えられ、主治医または主侍医と相談して使用できるようになることが今後、法的にも実践的にも望まれることではないでしょうか。

2003年6月

脳の栄養素ホスファチジルセリン

Dr.寺下の“スペシャルトーク”

脳の栄養素ホスファチジルセリン

…ゲスト…矢澤一良氏

自然派健康倶楽部

2003年夏号

「自然派健康倶楽部」編集室


…ゲスト…
矢澤一良氏

1972年京都大学工学部工業化学科卒業。東京大学より農学博士号を授与。

2000年湘南予防医科学研究所設立。

2002年東京水産大学大学院ヘルスフード科学講座教授。

2000年湘南予防医科学研究所設立。

「痴呆症、うつ、ADHDに克つホスファチジルセリン」(ハート出版)ほか著書論文多数


脳の栄養素ホスファチジルセリン

脳の健康は、身体全体の健康につながります
寺下
早速ですが、矢澤先生はなぜホスフアチジルセリンという成分に注目されているのですか。
矢澤
はい。ホスファチジルセリンという物質はそもそも人間の脳内にある物質です。脳は人間の生命をつかさどる重要な器官です。脳が病気になると身体のさまざまな器官に障害がでてきます。つまり、脳の健康を考えることが身体全体の健康を考えることになるという観点から研究を進めてきたわけです。欧米でもここ30年間、ホスファチジルセリンが脳内にあるということから、多くの研究者がなにか人間の身体にいい働きをしているのではないかと考え、こぞって研究を進めてきました。
脳の機能障害に対する決定的な治療薬はいまだ存在せず、薬でうまく調整するのは難しい。そこで毎日の食生活で脳に十分な栄養を補うことで過酷な現代社会の環境に負けない脳をつくるというアプローチが必要なわけです。ホスファチジルセリンに私が注目いたしますのは、脳の健康を考えることが身体全体の健康を考えることに直結するということから、当然なわけです。
寺下
脳機能改善食品というわけですね。ホスファチジルセリンの具体的なはたらきをうかがえますか。
矢澤
はい。脳は、他の器官とくらべて食べ物の栄養素が届きにくい器官です。反面、脳のエネルギー消費は他の器官に比べて格段に活発です。普通の食事からでは脳の健康を保つには不十分であるといえます。ところが、この大豆から採れるホスファチジルセリンは脳まで届く栄養素なんです。脳の中のホスファチジルセリンは、体内で作りだすことはできません。ですから毎日の食事から摂取しなくてはいけないのです。多くの学会発表・研究論文でもその作用が科学的に解明され、アルツハイマーの患者の症状を改善する、脳の老化を抑制して機能を促進する、不安感を解消しストレスに負けない精神をつくる、といった効果が確認されています。脳の中でも特に重要な大脳の活動を維持させますので、ストレスからくる身体への悪影響を正常化させるわけです。
寺下
近テレビや雑誌などで取り上げられるADHD(注意欠陥多動性障害)にもこのホスファチジルセリンが有効であるとうかがいましたが。
矢澤
そのとおりです。この病気は落ち着きがない、不注意などが大きな特徴とされ子供だけでなく、大人にも認められているものです。皆さん「片付けられない女性」のお話は聞かれたことがあると思います。怠けているわけではなく、このADHDが原因で毎日の日課を忘れてしまうのです。このADHDの発生原因はまだ解明されていませんが、アメリカでホスファチジルセリンの大量投与が有効であったという研究例もあります。まだまだ脳は未知の世界ですが、ホスファチジルセリンが脳のメカニズム解明の助けとなることを期待しておりす。
寺下
ホスファチジルセリンと併用することで、相乗効果が期待できるようなものはありますか。
矢澤
DHAとイチョウ葉エキスが特におすすめです。DHAは魚の目に多く含まれる脂肪酸ですが、脳の神経細胞の活性化に効果的です。また、イチョウ葉エキスには脳の血管拡張作用があります。これらと併用することで、脳細胞に対してより良いはたらきが期待されます。これからの食品・サブリメントの摂取を考えるとき、単品で効果的なものでも、他の食品・サブリメントと併用することで身体により良い効果をもたらしてくれることがあるということを認識していただきたいと思います。
寺下
食べあわせということは昔からいわれてきましたが、サプリメントも食品なので、当然当てはまるわけですね。栄養の組み合わせで予防医学的に健康を考えるというコンセプトはこれから非常に大切にしていかなくてはなりませんね。
矢澤
そのとおりです。病気になったときに、効果的な治療はなにかと考えることは大切ですが、それ以上に、いかに病気にかからない健康な身体をつくっていくかということが大切だと思います。そしてここでもう一度強調させていただきたいのは、健康な身体を保つためには、それをつかさどる脳の健康を大切にしていただきたいということです。